【interview】スペシャルニブ職人 藤川のぞみさん
昨年公開したセーラー万年筆の工場見学レポート。
沢山の方々にお読みいただき工場見学に行った伊東屋取材クルーも嬉しい気持ちでいっぱいです。
工場見学を通して、もっともっとセーラー万年筆について知りたくなった取材クルー。
なんと、長刀研ぎをはじめ、セーラー万年筆の顔ともいえるスペシャルニブを手掛けるペン先職人さんに追加取材に行ってまいりました。
匠の技が光るスペシャルニブを手掛ける職人さんの素顔に迫ります。
■インタビュー記事を読むその前に「スペシャルニブとは」
セーラー万年筆では定番の字幅7種に加えて、メーカー独自の個性あふれるオリジナルのスペシャルニブ7種を製造。その特殊性は書き味はさることながら、ペン先の見た目からも明らかです。眺めているだけでも万年筆ワールドの奥深さを垣間見れるでしょう。
なかでも「長刀(なぎなた)研ぎ」は、個性的な書き方・書き味で世界中の万年筆ファンの中でも人気が高く、憧れの1本となっています。その名の通り長刀の刃型のように長く、角度を滑らかにした特殊な研ぎ方によって、日本の文字(漢字)を書くことに最適とされています。現在、長刀研ぎを加工できる職人は数名のみです。
■スペシャルニブ職人 藤川のぞみさん
今回取材クルー・田中がお話を伺ったのは東京にあるセーラー万年筆株式会社の本社でスペシャルニブを手掛けられる、藤川のぞみさんです。ペン先職人になるに至った経緯やペン先づくりでのこだわりを、朗らかな笑顔とともに語ってくださいました。
■では、早速ですがペン先を作る職人になろうと思ったきっかけについて教えてください。
自己紹介として経歴をお話ししますと、2009年に入社し、はじめは広島工場でステンレスのペン先を、そこから金ペンに移行してトータルで4年間ほど通常のペン先づくりに携わっていました。
2012年に社内でスペシャルニブ職人の募集がかかり、立候補したのがきっかけです。そこから当時上司であったペン先職人の長原幸夫の下につき経験を積み、現在スペシャルニブを担当しています。2年前から東京オフィスで勤務しています。
■スペシャルニブの職人の募集を見たときは、どのような気持ちが一番強かったですか?
通常のペン先を担当していた時から長刀研ぎなどのスペシャルニブには興味をもっていまして......。
というのも、長原が作った長刀やクロスのペン先が磨きの工程に送られたときに先輩に頼んで顕微鏡で見せてもらったことがあるんですよ。そうして見たときに、美しさというか形のかっこよさにすごく驚きました。
「通常のペン先を作るのと同じような機械を使って、同じような手の動きをしているはずなのになんでこんな形ができるの?」とまったく想像ができなかったんですよね、その時の私に。
4年間を通じて通常のペン先は一通りできるようになり、次のステージに進んでみたいという気持ちになっていたタイミングで募集の話が出まして...。これは運命だ!と思って、工場長室に走っていって一番に立候補しました!
■走って!?すごくパッションを感じるエピソードですね。他にも立候補されている方はいたんですか?
何人かいました。が、私が一番に手を挙げたのと、「私しかいないと思います!」ってめちゃくちゃ自己アピールしました(笑)。長原自身はまさか女子が来るとは思っていなかったみたいで、最初私に決まったと聞いたときは一番驚いていました。
■長原さんも決まるまでご存じなかったんですか!それはそれで驚きです(笑)。 さて、そんな長原さんに弟子入りしてから、販売用の製品を任されるようになるまでにはどれくらいかかったのでしょうか?
教わったマニュアルに沿って作れば出来上がるものではないので、私の場合は常に長原が隣にいる状態で、習った工程の通りに10本~20本作っては「これはいい」「ここはもう少しこうしたほうがいい」と逐一チェックしてもらっていました。
一人前になった、というよりは長原のチェックが入らなくなるまで3年くらいあったように思います。ただ、その前の通常のペン先を作っていた4年間の経験があってこそなので、トータルでいうと7年くらいはかかってるんじゃないかなぁ...。
■長原さんが「もう少し」と判断したペンについては、どのようにその後の作業のアドバイスをもらっていたのでしょうか?
ペン先の良し悪しって、見た目だけでなく書いたときの感覚で判断する部分も多いと思うのですが...。
ここがおかしいというところをストレートに教えてくれることもありましたけど、「書いてみて何かわからんか?」って言われることもありましたね。 あとは、私から見た目は完璧に見えるのにどうしても書いたときに違和感があって、長原に助けを求めるということもありましたね。そういう時、長原はルーペでのぞいた後に、ちょっとニヤッと笑って「ほうほう!ここまでできとるんじゃ。あともうちょっとじゃのに、惜しいのぉ」っていうんですよ。で、そのあとに「まぁちょっと見とけ」って言って砥石にシャンシャンシャンと舐めるように軽く当てて削って「書いてみ」って渡されると全然違うんですよね。
■へぇ~。ほんのちょっと削るか削らないかの差で書き心地が変わるんですね!
今思うと、どこが悪いというよりちょっとしたとんがりに砥石を当てるか、当てないかのわずかな違いなのかなと思います。
ペン先の先端って砥石にあてたときに一番曲がるリスクが高いんですよ。なので曲がるのが怖くて、なかなかてっぺんの方に砥石を当てられなかったんですけど、一番書き味に影響するのはペン先のてっぺんですから。怖がらずにてっぺんに砥石を当てられるようになるまで時間がかかりましたね。
■今、藤川さんは東京のオフィスで働かれていますが、メインの製造拠点である広島工場のスペシャルニブ職人さんと相談などのやりとりされることはありますか?
あります、あります。
私は感覚的に研ぐことが多いんですけど、屋敷君(※広島工場で働かれているスペシャルニブ職人さん。詳しくは2回目のインタビュー記事にて紹介)は理論的に研ぐタイプでして。手の角度をこうするとここが削れるって理論で考えながら研いでいるので、悩んでいるポイントを言語化するのが上手ですごく助けられていますし、尊敬しています。屋敷君にはたくさん相談していますね(笑)。
<広島工場から持ってきた研ぎの機械。加工前のペン先の手配などは広島工場の屋敷さんがしてくださっているそうです>
■スペシャルニブを作るにあたり、藤川さんが特にこだわっているポイントがあれば教えていただきたいです。
そうですねぇ...。私の場合はまずやりたかったこととして「かっこいい形を作りたい」というのが一番最初にあったので、長刀って刀の切っ先のような形といわれているんですけれど、なるべくそのイメージを崩さないように研いでいるつもりです。そういう形というかシルエットについては自信あり...?ですかね。
■初めて見たときの感動を大切に、「かっこいい形」にこだわっているんですね!ちなみに職人さんは写真を見て自分が研いだペン先かわかると聞いたことがあるのですが、本当ですか?
わかりますね。今のところ、セーラー万年筆のスペシャルニブは私を含めて4人が研いできたので、その4人の中であれば見分けるのは可能だと思います。
■えぇ...!それはどこか職人さんごとに癖みたいなものがあるということですか?
ありますね!長刀って概念みたいなもので同じ理想の形があって、それに向けて研いではいるんですけれどちょっとしたシルエットの差はありますね。例えばですけど、私がこだわっているのが背中なんです。ペンにあたって見える、この背中。この背中の部分がシュッとしているほうがかっこいいと思ってこだわってつくっているので、そういった見分けるポイントが何個かあります。
■お話を聞くまで、スペシャルニブってどこまでも形を精密に一緒にしていかないといけないものなんだと思っていました。
長刀という概念に基づいて、職人さんそれぞれにこだわりのポイントやクオリティの高め方が違うと知って驚きました。全部が画一的というわけではなく、職人さんのオリジナリティが出るというのが面白いですね。
そもそも長刀などのスペシャルニブは、ペン先についている丸い合金をガイドなしで削っていくので同じにしようと思ってもできないんですよ。手も違うし、ロットによってできるペンの土台自体全部違いますから。1個1個別のもので、それぞれに対して一番良い書き心地になる研ぎ方、ベストなラインを考えて研ぐので「これと、これは違うじゃないか!」と言われても「そうなんですよ」と思っちゃいますね。
■「長刀研ぎ」の万年筆といっても1つ1つが同じに見えて全然違うものなんですね。
そうです!なので、長刀研ぎをはじめスペシャルニブに関しては試筆をできるだけしてもらいたいというのを伝えたいです!
<長刀研ぎやペン先の説明によく使われるというペン先の模型。模型を使って丁寧に説明していただいたので、とてもわかりやすかったです>
■さて、最後の質問になりますが、今後について職人としての目標があれば教えてください。
東京に来てから修理や調整もやるようになって、お客様のペンを間近で見る機会が多くなったんですね。
工場にいたときはどんな人が使っているのかなかなか知る機会がなかったんですけど、こっちにきてお客様の生の声をすぐ聞ける環境にいたら修理とか調整の仕事が楽しくなってきちゃって。
生産ももちろん楽しいんですけど、ゆくゆくは修理もしてみたいなって思っています。ですが、修理っていうのは作るのより難しいんですよ。まだまだ技術が足りないなっていうのもあるので、それをひとつずつ勉強していきたいと思っています。
■ペン先の調整などをしてくれるペンドクターのようなイメージでしょうか?
そうですね。長原は会話しながら15分の間に2、3本直しちゃうくらい見るのも早いし、直すのも早かったんですよ。私にはまだできない芸当だなと思いますが、ちょっとずつ近づけていけたらと...。
■伊東屋でイベントをやるときなどにお呼びしたいです!
緊張して手ががちがちになりそう。(笑)
まだまだ勉強することもたくさんあって。セーラーには古い万年筆が修理に持ち込まれることがあるんですが、生産終了してから10年以上経ってしまうと部品在庫もなくなっていたりして、どうしても修理を受け付けられない場合があるんですよ。だけど、古い万年筆ってそれだけ愛着を持ってずっと使われている方から「思い出のペンなんだ」って相談がくるものなので、それをできたら直していきたいなと思っています。
今は無理かもしれないけれど直す技術があればちょっとでも探していきたいっていうのが、私個人の野望としてありますね。
<ペン先チェックの際に使われているルーペは、師匠である長原さんに一人前になった記念にいただいたものだそうです。お名前入り>
万年筆にあまり詳しくない取材クルーにも模型を使ってわかりやすくお話ししてくださった藤川さん。長原さんとのエピソードを語る際には広島の方言が混ざっており、いまでも大きな存在であることが感じられました。
また、かっちり決まった形の基準があって作られていると思っていたスペシャルニブに作り手の癖やこだわりが出るという話もとても印象的でした。藤川さんがこだわられているというペンのシルエット、しっかり見比べてみたいと思います。
■おまけ 実はこんなものも個人的に作っています。 藤川さんの作品
藤川さんのデスクにあったのが気になり、見せていただいたインクのボトル。
螺鈿がお好きな藤川さんがご自身でデコレーションされたものです!浮世絵風のもすごいです。本当に手先が器用でものづくりがお好きなんですね。他にも写真がご趣味で特に野鳥を撮るのがお好きだそうです。