[伊東屋コラム] もう一度見たい "あの頃" ―製図器「roly(ローリー)」―
創業1904(明治37)年。伊東屋では、歴代の商品や広告、その時代の伊東屋が分かる資料の数々を100年以上にわたり大切に保管してきました。
当時に思いを馳せて、あの頃を感じてみませんか?
― 線を引くことに丹精を込める 昭和の製図器 ―
―事務所の一角で、製図版に向かって定規をあて、一本一本入念に線を引く。やっとの思いで図面を完成させて上司に提出すると、赤鉛筆でここはやり直した方がいいとチェックを入れられて、再び製図版に向かう。―
コンピュウタが普及していなかったこの時代、まっすぐな線を引くのは人の手であり、それを助けるのは製図器でした。コンパスや三角定規、三角スケールなど、デザインや設計を専門とする人々にとって、製図器は必需品だったのです。
今回ご覧いただくのは、どんなに長い線でも、太さ・鮮明さを一定に保てる製図ペン「roly」。昭和49(1974)年に伊東屋のオリジナル商品として誕生しました。先端にディスク状の回転するペン先がついていて、定規をあてて軽く紙面を滑らせるだけで、綺麗な直線を引くことができる優れものです。ペン先は、実線だけでなく、点線、鎖線など様々な種類の中から選ぶことができました。
(画像)線模様があしらわれた箱のロゴデザイン。本体にペン型のカートリッジインク3本が付属。ヘッドを変えると11種類の線を引くことができる。
― 最先端をいく 海外の製図器 ―
1954(昭和29)年、「roly」の生みの親である、伊東屋3代目社長 伊藤恒男は初めての欧米視察旅行に出かけます。ドイツ、フランス、スイス、オランダ、ベルギー、デンマーク、スウェーデン・・・それは、海外旅行の自由化が定められる、10年も前のことでした。当時より伊東屋では、社員が外国に商品の買いつけに行っています。製図器の開発が進む海外には、日本にはない珍しい商品が沢山あったに違いありません。
1970年に入社した伊東屋のベテラン社員、岸隆男さんはこう語ります。「ドイツのリーフラーやロッターなどの輸入商品はお洒落でかっこよかったです。製図器は精密なつくりをしているので値段が高い。輸入商品は特に高額で、今の高級万年筆のようにガラスケースに入れて展示されているものもありました。入社4年目に担当したデザイン・製図用品のフロアには、国産品から直輸入品まで、実に様々な製図器が取り揃えられていました。」
(画像左)当時ドイツから仕入れていたLOTTERの製図器セット。コンパスや烏口の線引き用具が入っている。
(画像右)大正5年発行のカタログには、すでに国内外から集めた数々の製図器のイラストが並ぶ。
─ 点線が引ける小型の製図器の誕生 ─
「点線をひける道具は、当時かなり珍しかったと思います」と岸さん。70年代の製図器において、点線が引けて、さらにペンのように小型の器具というのは、国内はもちろんのこと、海外でもかなり珍しいものだったのではないでしょうか。「roly」のような商品が出るまでは、烏口(からすぐち)と呼ばれる、先が嘴のように分かれた道具を使っていたので、先端を研いだり、インクを途中で補充したりする必要があったそうです。「roly」が如何に画期的な商品だったのかは、それまでの線引き用具を見るとよく分かります。
(画像)烏口の製図器。しぼりを調節して線の太さを変える。
(画像)1972(昭和47)年に発売された、伊東屋オリジナル商品「ライナーZ」。「roly」の前身で、先端のディスクを付け替え複数の種類の線を書くことができる。
オリジナル商品の開発には、社長や専門家が中心となって話し合いを行う、開発会議というものが開かれます。当時はD会議と呼ばれていて、製図用品にも詳しい大学の先生を招いて会議が行われていたのだとか。「roly」開発後は、マジックのような太いマーカーを差し込んで太い点線を引く、"ジャンボroly"にも挑戦していたと言われています。
当時、伊東屋の銀座本店では、2フロア全てにおいてデザインや設計のための道具を扱っていました。その頃はまだ珍しかった、カラーコピー機も一早く取り入れられました。
1967(昭和42)年、都電が銀座からなくなりました。増え続ける自動車の波に大敗を余儀なくされたのです。60年代半ばには、カラーテレビ、クーラー、自動車の三種の神器が登場します。時代は高度経済成長期。90年代にはコンピュウタが普及し、それによってさまざまな商品が取って代わられました。製図用品もそのうちの一つです。しかしながら、手作業で小さなパーツを一つ一つ組み換えて、一本一本丁寧に引かれた線には、コンピュウタでは表すことのできない味わいがあります。「roly」が生み出した線には、当時の人々の思いが沢山つまっているのです。
さあ、次はどんな懐かしいものが登場するでしょうか。どうぞお楽しみに。